アンカーの効果に気づかない

サブリミナル効果は、見せた秒数が短いほど効くというデータもある(意識に上らないくらい短い秒数なのだから、上がりようもない。)メディアでは使っていない(とされている)し、効果がないという意見もあるが。


それはいいとして、人間の書き換えには意識に上がる・上らないかが結構な問題になる。

あからさまなミラーリングは怪しく見えたりするのもその例。

子供が愛情を感じる時には言語はいらない。



昔から(?)どこの指導の場でもいつの時代にも「いくら言ってもわからない」という事例を絶たない。口がうまくとも、文章がうまくとも相手が理解するとは限らない。むしろ上記サブリミナルと同様、意識に上らない方が効果が高い場合も多い。非言語書き換えといわれる類はそれを使っている。

子供は叱られた時に愛情で怒ってくれているかどうかくらい即座に理解する(ただし、愛情なしで怒られた場合も「愛情があったから怒られているんだ」と子供の脳は正当化する場合が多いが。)



で、相手を書き換える時に気づかれない方が良いのであれば、良い方に書き換えるときにもそう使うが、悪い方に書き換える場合もそう使われるということだ。



本題。

埋め込まれたアンカーには気づかない。

自分では気づけない。

また自分が誰かの話を聞く場合も注意が必要。生半可な気持ちで聞くとき、「アンカーを踏んだら(地雷)どうなるんだろう?」などとは考えていない。絶対に相手に気づかせてあげる。まれに(というかかなり多く)自分で完全完璧に気づいているけど認められないパターンもある。そういう意味では気づいていないフリをしている自分を自分で認める、そういう意味でのRゆらぎが欲しい。

あるいはそうさせる存在がいるか?とか。無言で抱きしめられることが癒しに繋がる場合もあるだろう(セラピストのできることは少ない。)

「意識にあげる=事実をバンと突きつけるからRゆらぎ」とはならない。無意識サイドが「気づく」かどうか。

親身になったフリをするくらいなら、適当な方がいい。


アンカーとトリガーの例は、この人に会うとドーパミン、など説明になっているかわからないくらい身近なものだってそうだ。しかしこれが一番自分ではわからない。「ライターの火を見ると踊り出す」、映画館ではポップコーンのような、◯◯の場所では◯◯がたべたくなる。◯◯◯の場所にいくとつい涙が出てくるなどよりも。



人を観るときも、相手を観るときも、もっとシンプルがいいかもね!


この記事へのコメント